・わたしにとってのことば
よくひとことで恋に落ちる。
そんくらい、ことばはわたしにとって重要度の高いもの。
言葉ってのは、もともと象徴的なもんだから、
それ自体では決して成り立たなくて、
お互いが意味を知ってることが必要だったり、
そういう言葉自体の周りにある周辺物みたいなもんを含め
「ことば」ってとらえてるんだけど。
たとえば、その言葉のもつ音のイメージとか、
その言葉を聞いて思い出すイメージとか感情とか、
その言葉の発せられた背景とか、そんなん含め「ことば」。
昔から、CMのキャッチフレーズとか、映画のセリフとか、
歌詞にハマると、「なんかイイ!」ってなっちゃう。
働き始めて、コンセプトワードとかを作ったり、扱うようになって
さらに自分にとってことばが大切なんだと実感しつつある。
・わたしとことばのあしあと
幼稚園のとき園長の方針で谷川俊太郎とかの詩を
みんなで暗記して朗読する発表会があった。
よくわかってなかったけど、メロディがなくても、
なんだか楽しいもんだと思った気がする。
小学校のときに、作文が好きでよくほめられた。賞も貰った。
なんでみんなは作文が嫌いなんだろうって思った。
読書感想文は新しい本買ってもらえる理由になって
楽しみな宿題だった。
中学や高校時代は交換日記、手紙、詩のようなもの、
いろいろ書くものがあって楽しかった。
ウルフルズ、宇多田ヒカル、ゆずが好きだった。
音楽においてもやっぱり歌詞の重要度は高い。
大学に入って読書を再開したら、止まらなくなった。
勉強した韓国語が面白くて、留学して新しいことばを得た。
ことばの力を知った。
そこでも作文が好きで、やっぱり好きなんだと気づいた。
ことばを得たということはつまり、日本語にできない感情も得た
ということであり、だから今でもたまに韓国語でしか表現できない!
という事態に陥ることもある。
実は、翻訳や通訳をやってみたいと思った。
人の言葉を自分を介して伝えること、ってステキって。
結局あきらめたけど、ある意味、今は通訳みたいな仕事を
していると思ってる。
そんなこんなで、ことばは純粋に楽しくて、
いつもイメージや感情を与えてくれたり、
それらをアウトプットするのを手伝ってくれる。